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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1838号 判決

控訴人 永井永吉

右訴訟代理人弁護士 松井道夫

被控訴人 小柳安衛

右訴訟代理人弁護士 清野春彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三九万〇八六〇円およびこれに対する昭和四二年八月一六日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

≪証拠関係省略≫

(控訴人)

一、控訴人は昭和四一年二、三月頃被控訴人から病院設立のための資金を得る必要上、田約一町歩の売却を仲介するよう依頼を受け、被控訴人の案内でその指示する現地を調査した。そこでその頃訴外武田行雄を介し買受人をさがしていたところ、同年六月上旬頃訴外樋口政一および佐藤熊一の両名が田一町五反歩ないし二町歩の買受けを希望していることを知り、被控訴人に対し右調査にかかる田の売却方を申入れたが、それが不可能となったため、被控訴人からさらに他の場所の田二町歩の売却の依頼を受けた。

右依頼により控訴人は昭和四一年七月一日被控訴人と訴外樋口政一との間に、同年七月三〇日被控訴人と佐藤熊一との間にそれぞれ田約五反歩の売買契約を、いずれも代金反当り金八五万円をもって仲介成立させた。訴外樋口政一は引続いて控訴人に対し田の買受けの仲介を依頼していたし、また、被控訴人も同年一一月頃控訴人の事務所に図面を持参して、原判決添付目録記載の本件田の売却の仲介を依頼し、反当り代金九五万円を希望していたので、控訴人は同年一二月一〇日頃被控訴人とともに佐藤熊一方を訪れ樋口政一の代理人である訴外樋口正一に対し本件田の買受方を申入れながら被控訴人に対し反当価格の減額を折衝した。しかるに、被控訴人は控訴人を除外して同年一二月二五日樋口政一に対し直接本件田を売渡した。

二、控訴人は、右のとおり被控訴人の本件田の売却仲介の依頼により、目的物件の現地調査、図面の複製をし、かつ、打合わせのため被控訴人方を何回となく訪れ、相当の経費、時間、労力を費し仲介に努力したものである。したがって、被控訴人が控訴人に秘匿して本件田を樋口政一に売却したことにより、控訴人においてその仲介により売買契約が成立したものと看倣して仲介報酬を取得できる事実たる慣習が認められないとしても、被控訴人の行為は信義則に反し、違法に控訴人の事実上の利益(顧客権)を害したものであるから、被控訴人は控訴人に対し右不法行為により控訴人に生じた仲介報酬相当額である金三九万〇八六〇円の賠償義務があるというべきである。

理由

控訴人が宅地建物取引業者であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は昭和四〇年秋頃控訴人に対し田約一町二、三反歩の売却の仲介を依頼していたが、買受人がみつからないまま昭和四一年三月に至ったこと、その頃控訴人は訴外武田行雄を介し一括して一町五反歩程度の田の買受けを希望していた訴外佐藤熊一、同樋口正一を知り、両者と被控訴人をまじえ交渉の結果、控訴人の仲介により被控訴人は昭和四一年七月一日訴外樋口正一を代理人として訴外樋口政一に対し新潟県白根市大字北田中宮下六六〇番一ほか六筆の田約六反歩を代金五五二万五、〇〇〇円、同月三〇日佐藤熊一に対し同市大字東笠巻新田字谷地一七六二番ほか五筆の田約四反歩を代金三四〇万円をもって、それぞれ売渡したことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

被控訴人がさらに昭和四一年一一月下旬控訴人に対し本件田六筆の売却の仲介を依頼したことは当事者間に争いがなく、控訴人は、右仲介依頼に基づきその頃前記佐藤熊一、樋口政一に対し本件田の買受方を申入れて仲介に着手したところ、被控訴人は控訴人に秘匿し樋口政一と折衝し、同人に対し直接同年一二月二五日本件田を売渡してしまった旨主張する。

≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は被控訴人から本件田の売却の仲介の依頼を受けたので、かねて訴外佐藤熊一が一町五反歩ほどの田をまとめて買受けたい旨希望していたこともあり、同人に交渉するつもりでいたところ、前記北田中宮下の田が反当り九〇万円余、東笠巻の田が反当り八五万円余であるのに対し、右両所より劣等地である本件田について被控訴人の希望する売却価格が反当り九五万円以上であったため、被控訴人の仲介、を促進して欲しい旨の再三の請求にもかかわらず、佐藤熊一に対する交渉を差しひかえていたことおよび被控訴人は控訴人の右のような態度からやむなく訴外樋口正一を訪れ、直接本件田の売買の交渉をはじめたことを認めることができ(この認定に牴触する≪証拠省略≫は、前記証拠と対比して採用できない。)、被控訴人が同年一二月二五日樋口正一を代理人として樋口政一に対し本件田を代金五一八万一、〇〇〇円で売渡したことは当事者間に争いがない。被控訴人が直接樋口正一と本件田の売買の交渉をはじめたのは、控訴人が訴外佐藤熊一に対し本件田の売却の仲介を開始した後である旨の≪証拠省略≫は、前記各証拠に照して容易に採用できないし、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

宅地建物取引業者に対し不動産売買の仲介を依頼したにすぎない場合、特段の約定のない限り、業者が仲介行為を開始するまでは、売却依頼者において任意に目的物件の買受人をさがし、これと交渉して売買契約を締結できるものと解するのが相当であり(業者に目的物件の専売権を与えたものと解することはできない。)、本件において被控訴人は前記認定のように控訴人の仲介行為開始前に本件田の売買契約の交渉をはじめているのであって、これをもって信義則に違反するとか不法行為に当るとかいうこともできないし、控訴人の仲介行為開始後に被控訴人と樋口政一との間に本件田の売買契約が成立したことを前提として事実たる慣習を根拠とし被控訴人に控訴人に対する報酬支払債務が発生したという控訴人の主張も理由がなく、控訴人の本訴請求はいずれの点からも失当であり、これを棄却した原判決は結局相当である。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用については民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 大和勇美 浜秀和)

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